花骸(はなむくろ)

世にも珍しい紫色の椿があった。それを毎晩一本切り取るために訪れる「四位の少将」。百夜、その椿を捧げるために、毎晩彼は訪れる。

発行元:深良マユミ

花骸(はなむくろ) 詳細

(2013年11月発表)深良マユミの平安王朝物語、第二弾。
百夜通うのは「深草の少将」。こちらの「四位の少将」は椿の花を折り取るために通う。そこには、年若い帝の思惑が。

花骸(はなむくろ) 目次

電子ブック内テキスト

1一殿ただいま粟田口あわたぐちの辻にさしかかつてございます網代車の従者が恭しい声で主人たる四位の少将に告げた少将は御苦労と言い今が何刻であるか確かめるために簾をあげて外を見た思わず歌が口をついて出た今ははや都はなれて粟田口暮れる空さえ夢まぼろしか日が沈んだばかりであろうか道行く人の輪郭が少しずつ暗くなつてゆき鴉の鳴く声も遥かに響きどこからか夕餉の支度の釜の音が聞こえてきそうな気がするわずかな風が少将の頬に牛車の牛の臭いと麦わらの匂いと竃にくべる炭の匂いを運んできたこの動物的で生しくしかしどこか郷愁を誘う匂いは当たり前のことだが平安京に漂うそれとは歴然と違う都でも牛車の臭いはするがむしろ人のまとう衣や書物の紙や木材の匂いの方が強い少将は稲の刈り取られつつある田を観るともなく眺めながら思つた初めてこの街道を通つた時には稲穂がたわわに実つていたが今は民がそれを収穫している今年は豊作なのかどうかまださだかには解らないが豊作であつてほしい今年は主上が御位について最初の年前の主上の時代よりも世が太平に治まつていてくれれば良いそうなれば帝はどれだけ晴れやかな御顔になられるだろうあのお年に似合わず謹厳