宇治の橋姫

「さむしろに 衣かたしき こよひもや 我を待つらん 宇治の橋姫」 古今和歌集巻第十四 恋歌四 よみびとしらず

発行元:深良マユミ

宇治の橋姫 詳細

(2013年10月発表)主人公の役職「衛門の督(えもんのかみ)」は、「源氏物語」の作中人物の「柏木」の役職でもあります。
「源氏物語」で女三宮と密通して罪の意識で悶死する青年です。
この小説での「衛門の督」は、一体??

宇治の橋姫 目次

電子ブック内テキスト

1衛門の督最愛の女を失う事しのぶべき命もいらぬ今日よりは煙となりし君の面影今はただ嘆きわびぬる朝ぼらけ露とはならじ涙の硯あはれ君その黒髪のすえまでも契りおきてぞ今は甲斐なし衛門の督えもんのかみはこれほどまでに悲しみで胸がつぶれそうになつていながらも歌が次から次へと詠める自分はなんと浅ましいのだろうとふと嫌悪を感じて筆を傍らに置いた歌は好きではあるが抜きん出た技量を持つているとはつゆ思わないだからこれらの歌の書き付けはいずれ焼却するつもりである雨まじりの風が都を騒がせている霧姫きりひめが亡くなつた日よりしとしとと煙るような小雨であつたが今朝になり時折すさまじい強風が吹き付けた宮中の主上もお心を痛めて賀茂川の堤などに警戒するようにと皆で打ち合わせたり陰陽師たちに星を占わせたりと殿上人は緊張をみなぎらせて働いていた衛門の督の父である老いた内大臣も例外ではなかつた父は鬢がすつかり白くなり腰も痛いらしく茵から立つときに非常に苦労して立ち上がるのだが六十一歳という高齢にもかかわらず引退はさらさら考えていないその気合いがが何に由来するものか次男坊である二十七歳の衛門の督はよく知つていた風は子の刻近い今になつても収まる気配がなく恐ろしく重い石を載せた牛車を引く牛が苦しみながら鳴く声のようなぐおおつという底深い轟音を巻き起こしたそこに雨音が重なるあるときは緩やかにあるときはものすごい速度の叩き付けるような雨音で梅雨に聞こえる眠気を誘うゆるやかな音響とは段違いの恐ろしさだつた夜は更けて邸のうちで起きている者は衛門の督一人かもしれなかつたあるいは用心のための衛士が見回つているかもしれないがその気配は判然としない女房たちは皆寝んだのかそれともあまりの雨風の激しさに怖くて眠